2024.06.01他問自答(LDNの考え)|
人口が減ったから、人材不足だから、一人が何役もこなせるようになりましょう、1億総活躍しましょう的なメッセージには違和感を覚えてきました。
もっとその前にやるべきことがあるではないかと思うのです。
働き方改革の文脈で、一人3役を取り入れている企業では休み易い環境づくりとか、いい取組みも勿論あります。
ただそれをやるには人事考課の見直しをセットにするなど「関係の質」を変える取組みにテコ入れしないと、「とにかく頑張れ」では、何も変わらず、スローガンどまりに終わります。
会社組織よりもわかりやすいのが、集団スポーツです。
ポジションや攻守の切替がある野球より、時々刻々と戦況が変わるサッカーがわかりやすいでしょう。
どんなに個のスキルが高いスター選手を集めても、チームとしての「関係の質」が高まらなければ、単なる「烏合の衆」。「関係の質」が高いチームには勝てません。
代表チームの練習時間が十分に取れない場合、リーグのトップチームのメンバーを主軸に召集した方が結果を出しやすいのは、まさに「関係の質」の問題です。
企業で言えば、個の能力開発に対し、組織のパフォーマンス向上を目指すのが「組織開発」で、その肝は「関係の質」の向上です。
そしてこれは企業だけでなく、地域でもまったく同じ。
「関係の質」が高い地域は助け合いが自然と生まれ、元気がいいし、「関係の質」が低い地域は殺伐として助け合いがない。
専門用語では、「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」がこれに相当します。
言い換えれば、地域の活性化とは、「関係の質」を如何に高めるかの問題と言えるでしょう。
地域の人口が減ったから「関係人口を増やそう」と叫ばれるようになったのも同じ文脈です。
「関係の質」が低いまま、ふるさと納税や住民票を外にばら撒いても、長期的な効果は期待できません。薄っぺらい関係のままなら一過性に終わります。
また、地元の中の「関係の質」だけ高まっても、悪い意味での村社会になってしまうと、よそ人が入りづらく、中の人は息苦しいという逆効果になりかねません(ボンディング型ソーシャルキャピタル)。
また、「シビックプライド」や「ウェルビーイング」といった見た目にカッコいい横文字も、根っこは同じ。
「外に開かれた関係の質を如何に豊かにするか?」が本質的なテーマだと思います。
その意味で、目に見える個の能力を評価するのではなく、目には見えない「関係の質」を評価することが大事です。
すなわち、組織も地域も「関係性の束」の視点を持てるか否かが大きな分岐点になるのです。